それは見学する前から楽しみにしていた建築だった。
そして期待以上の建築だった 。
KAIT広場
その名の通り学生が集まる広場である。つまり友達と話したり、お弁当を食べたり、一人でボーッとしたりと自由に過ごすためのスペースだ。(KAITとは神奈川工科大学 Kanagawa Institute of Technologyの略称)
この建築、2020年12月に竣工したが、大学の施設であること、また昨今の社会的事情から一般には公開されていなかった。しかし2021年11月から、ようやく限定ながら公開されることになった。待った甲斐があった。鳴くまで待とうホトトギスである。
幸いなことに見学日の天候は素晴らしい秋晴れだった。
受付を済ませると、早る気持ちを抑えながらKAIT広場に向かって歩き始めた。
一見したところ、外観には特筆すべきところはない。変わっているといえば変わっているが、そもそも建物が半分埋もれて、あまりよく見えない。
しかし中に入ると...、
圧巻! スゴイ! ヤバい!
足を踏み入れた時、そんな安直な言葉しか思い浮かばなかった。いや、感想ではなく、実際に「スゴい」と思わず口に出てしまった。今まで体験したことがない空間で、頭の中でもその感覚を上手く整理出来なかった。
この建物、何がスゴいのかというと、55m×82mという広さなのに屋根を支える柱が一本も無いのだ。もう一度書こう。柱が一本も無いのだ。ありえない!
屋根は溶接でつなぎ合わされた厚さ12mmの鉄板。それを周りの壁から引っ張っているのだけど、どうやって支えているのだろう?
私は物理にも建築技術にも疎いのでその困難さは分からないけど、スゴいということだけは分かる。例え屋根の素材がテントのような軽量の素材であったとしても難しいだろう。
鉄板であっても、これだけ大きいと自重でたわむ。もちろん計算の上。このたわんだ屋根が空間の向こう側を隠している。見えそうで見えない。建築家曰く「地平線を見せたい」とのことらしい。
さらに屋根は温度変化により伸び縮みする。床から屋根までの高さは2.2m〜2.8mだが、夏場は鉄板が膨張して最大30cmも下がるとのこと。
屋根には59箇所に開口がある。これは光を取り入れる効果もあるだろうが、屋根の重さを減らすという目的もある。しばらく座り込んで、開口によって切り取られた秋晴れの美しい青空を眺めていた。ココは室内であり屋外なのだ。
床に落ちた四角い光が美しい。
開口にガラスは無いので、雨が降ればそのまま雨だれの柱となる。それはそれで美しそうだ。雨の日も是非見てみたい。
どこからか残った雨水が少しずつポタポタと落ちていた。キラリと光る雫。
屋根に合わせて、床も真ん中に向かって傾斜している。これがまた効果的。
広場ではほとんどの人が座ったり寝転んだりして過ごすと思うのだけど、その時傾斜があった方がいい。
これを見て、以前訪れたポンピドゥ・センターの傾斜した広場を思い出した。今回、石上さんはイタリア・シエナのカンポ広場をイメージしたようだが、いずれにしろ、今後こんな風に使われれば理想的だ。
床は透水性のあるアスファルトなので、落ちた水は直ぐに床に染み込んで排水され、水溜まりが出来ないようになっている。
壁の窓にはガラスがはめ込まれている。ガラス無しでもいいのになあ。
人の大きさからも、この建築のスケールが分かるだろう。かなり広いのだ。
上からの見下ろし。テントの屋根のようにも見える。
広場のプロジェクトって意外と難しいかもしれない。何もないフラットな広場は多目的には使えるが面白味に欠けるし、何か設置したり装飾性があると、用途が限定されてしまう。
それをどちらでも無く、誰も思い付かないようなプランを実現させた建築家・石上純也さんはやはり只者ではなかった。
ちなみにこのプロジェクト、最初の構想から完成まで12年もかかったという。前例のない建物で、設計はもちろん、構造、設備、施工、そして気長に待ち続けた発注者まで含めて、このプロジェクトに携わった方々に拍手を贈りたい。
● ご注意
大学構内への無断での入構及び撮影は出来ません。見学の際は大学が企画するツアーにお申し込み下さい。